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第0092話 後期新田開発

納屋の新田

 小田急線鵠沼海岸駅前商店街「マリンロード」を西へ進むと、「高根」バスターミナルの先で郵便ポストのある三叉路になり、直進すると八部公園前から引地川「作橋」を渡る。右に進むと、左にカーブして道祖神の文字塔が置かれた三叉路に至る。ここでぶつかる道が「浜道」と呼ばれる鵠沼村の古道で、本村の人々が地曳き網に通う道であった。
 この三叉路は「納屋(なんや、あるいはないや)の辻」といい、明治初期にはこの辻を中心とした6軒の民家があり、この集落を「納屋」と呼んでいた(現在は町内会「堀川郷友会」に属している)。
 「納屋」というと、集落地理学を学んだ方ならば、千葉県九十九里平野の「納屋(なや)集落」を想起されるだろう。九十九里平野では海岸から4km程度内陸に本村があり、2km程度の所に新田集落があり、数百㍍程度の所に納屋集落がある。これが見事にいくつも並んで分布しているのである。本村の名前が「○○」ならば、新田集落は「○○新田」、納屋集落の名は「○○納屋」という具合に、同一名称が使われている。納屋集落は、本村や新田の人々が地曳き網用の漁具を置いておく納屋に、やがて定住するようになったと考えられている。
 鵠沼の場合は、第0074話で述べておいたように、本村の出村として新田が開かれたのではないと考えられる。その根拠として共通する姓が見られないことを挙げておいた。下図で判るように、新田と納屋の場合も共通する姓は見られない。しかし、この両者のつながりは深そうである。
 納屋集落の北端で浜道と分かれて北に向かう細道がある。現在は小田急線の自動車の通れない踏切を渡って、「鵠沼松が岡公園」の前に出る。ここから第0002話で紹介した「新田山砂丘列」の西麓を辿って新田集落に続く道となり、これを「新田道」と呼び慣わしてきた。「鵠沼松が岡公園」の先には「新田宮」と称する小社が祀られていて、新田・納屋両集落の人々が管理している(1950年以来、皇大神宮の境内社となっている)。
 両集落の人々の間では、「1855(安政 2)年10月2日の江戸安政大地震(M=7.5震度5.9)の際に、新田の一部住民が納屋に移住した」と伝えられている。
 先に紹介した納屋の辻の道祖神文字塔は、1971(昭和46)に建て替えられたもので、それ以前は双体道祖神が祀られていたが、おそらく盗難により遺失した。この双体道祖神は、1773(安永 2)年に新田村醒井氏に造立された旨彫られていた。従ってこの段階で常住集落が形成されていたと見るべきであろう。
 『新編相模國風土記稿』にある「其二所は寶曆七年の開闘にして志村多宮檢地す」とあるのが納屋なのであろう。
 有賀密夫氏は、「近世の鵠沼村と新田開発」研究調査の中で、新田の旧名主平本家が1878(明治11)年に制作した『鵠沼新田圖繪』により、納屋の新田が現在のどの範囲であったかを判読された。その結果が下図である。この図が平本家によって制作されていたことは、納屋が新田の支配下にあったことを物語るのであろう。
鵠沼地区後期新田開発関係年表    
西暦 和暦 記                        事
1757 宝暦 7     鵠沼新田第2期開闢。代官志村多宮検地[新編相模國風土記稿]※前年説あり
1773 安永 2 11 鵠沼海岸7-16-17地先納屋の双体道祖神像、造立(新田村醒井氏。現在所在不明)
1779 安永 8 9   鵠沼橘2-14-9地先の双体道祖神像、造立(現在所在不明)
1830 天保 2     『新編相模國風土記稿』、刊行。元文元年の布施氏新田知行について記す
1836 天保 7 10   代官=江川太郎左衛門英龍、鵠沼村字地蔵袋地先の鉄炮場新田3町4反4畝余を開発
1855 安政 2 10 2 江戸安政大地震(M=7.5震度5.9) 藤沢宿も潰家多数。→新田の一部住民、納屋に移住(伝)
1856 安政 3 11 納屋の辻の道祖神塔(双体神像)、造立(遺失盗難?→1971文字塔再建)
1878 明治11 12   平本家『鵠沼新田圖繪』制作(長さ=176cm 幅=110cm 和紙上に田・畑・山林別に着色)
1950 昭和25 8 20 新田宮、知事の認可で皇大神宮の境内社となる
1964 昭和39     新田宮前の新田道に沿った農業用水路、暗渠化
1971 昭和46 1 14 鵠沼海岸7-16-17地先納屋の道祖神塔(文字塔)、造立
1998 平成10 2 新田宮賛助会、境内に水神の石碑を造立
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鵠沼を語る会 副会長/鵠沼郷土資料展示室 運営委員 渡部 瞭

[参考文献]
  • 有賀密夫「近世の鵠沼村と新田開発」『わが住む里』第25号(1992)
 
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