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プロフィール岡田時彦(おかだ ときひこ 1903-1934 本名:高橋英一)は映画俳優 東京神田出身。【学歴】逗子開成中学 小学校に入る頃から父親が各地を転々とし、川崎・逗子鎌倉と転校する。 逗子開成中学在学中から映画に熱中、大正8年谷崎潤一郎、栗原トーマスらが創立した大正活映に加わり、「アマチュアクラブ」「葛飾砂子」などに出演したのを皮切りに転々とし、日活では溝口健二の「紙人形春の囁き」「慈悲心鳥」などで映画誌の人気投票ではトップに躍り出る。谷崎潤一郎の愛人、女優の葉山ミチ子と噂があった。その後松竹に移り、鈴木伝明・高田稔とともに蒲田三羽烏と呼ばれ、伝明の不二映画では、入江たか子と共に「滝の白糸」に出演、引続き「神風連」の出演がきまっていたが、昭和8年末結核で入院、翌年早々雪の降りしきる夙川の寓居で他界した。 1934(昭和9)年1月16日没。享年31。 二枚目の中で最も白塗りのよく似合う人で最高の二枚目と讃えられた。 女優岡田茉莉子の父である。愛人、宝塚歌劇団女優=田鶴園子(本名:田中利子)との間に1933(昭和8)年1月11日に出生。芸名の名付け親は谷崎潤一郎。 鵠沼とのゆかり震災復興後から1933(昭和8)年に入院するまでを鵠沼松が岡2-7-3の《八軒別荘》に住んだ。その前の家に友人の河辺五郎(俳優「くらま天狗シリーズ」などに出演)がいたという。その美男子ぶりは近所でも評判だったという。 |
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鵠沼を語る会 副会長/鵠沼郷土資料展示室 運営委員 渡部 瞭 |
[参考文献]
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