HOME 政治・軍事 経済・産業 自然・災害 文化・芸術 教育・宗教 社会・開発


第0331話 鵠沼のモニュメント07 中岡耕地整理紀功碑

中岡耕地整理

 現在の「一木通り」両側の一帯は、明治時代の地形図によれば細長い水田地帯になっており、大正時代の地形図では畑地に変わっている。第0284話の14で紹介したように、昭和初期までは「現在の一木通りは、片側にきれいな水の流れる小川があって、西側は畑だったが、この溝にはホタルが飛んでいた。」という状態だった。小田急線開通後も、しばらくはこの状態が続いていた。
 1932(昭和7)年7月から翌年の8月まで、1年余りの期間をかけて地権者らが「中岡耕地整理組合」を組織し、耕地整理が行われた。耕地整理費として3,600円、水路工事費として2,200円が費やされたという。
 「耕地整理」と銘打ってはいるが、結果としては宅地造成に他ならなかったと思われる。同じようなことは、本鵠沼駅東部でも行われた。これは別項を立てる。
 完成後の10月に、小田急線一木通り踏切脇に円頭扁平型 総高 280cm 粘板岩の「中岡耕地整理紀功碑」が建てられた。この碑は2007年3月11日に鵠沼市民センター裏庭に移設された。ここは中岡ではない。せめて市有地を選ぶなら一木公園にでも移設すべきではなかったかと思う。

中岡耕地整理紀功碑

 [題額]  紀功碑(右横書き)
[碑面](縦書き)
天時不如地利地利不如人和相州中岡之地一丈五尺之本
道通南北數條之支路分東西耕地井然邸地安定昭和七年
七月起工翌年八月竣工耕地整理費金參千六百圓水路工
事費金貳千貳百圓歳餘而面目一新六町餘歩之耕地適蔬
菜栽培免豪雨暴漲耕地整理關係當局之指導方針組合員
之融和協調諸役員之奮勵努力町理事之援助達成非得其
宜則何能如斯乎所謂天時地利人和収得最良成果嗚呼 
聖世恩澤年豐人樂良有以也茲陳梗概建紀功碑長傳後昆
昭和八年十月吉辰 中岡耕地整理組合長一木與十郎撰
         帝都賜菊園學會長 藤野 靜輝書
[碑陰](縦書き)
中岡耕地整理組合長一木與十郎以下、組合副長2名、評議員5名、役員5名
組合員67名の他、茅ヶ崎耕地整理出張所長、測量設計者3名、工事請負人連記

 碑文は漢文で書かれているが、《鵠沼を語る会》の伊藤節堂氏が「鵠沼碑文集」の中で次のように読み下している。
 天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず、相州中岡の地、一丈五尺の本道南北に通じ、数条の支路東西に分つ、耕地は井然として、邸宅は安定す、昭和七年七月起工し翌年八月竣工せり、耕地整理費金参千六百円、水路工事費金弐千弐百円、歳余にして面目一新す、六町余歩の耕地は蔬菜の栽培に適し、豪雨の暴漲を免る、耕地整理関係当局の指導方針、組合員の融和協調、諸役員の奮励努力、町理事の援助達成、その宜しきを得るに非ざれば則ち何ぞ能く斯くの如くならんや、所謂天の時、地の利、人の和が最良の成果を収得せり、嗚呼、聖世の恩沢年々豊なれば、人楽良に故有るなり、茲に梗概を陳べ、紀功碑を建て、長えに後昆に伝う

 この碑文には工事費の金額は記されているが、その出所は書かれていない。それについては、『鵠沼』第80号に竹中英輔氏が「一木通り草莽記」として詳細を調査しておられるので、抜萃しよう。

 「昭和初期の大恐慌は農業に深刻な打撃を与え、全国に小作争議が拡大し、政府は慌てて対策を講ぜざるを得なくなったのです。
そして昭和7年8月22日第63 臨時議会が招集され、救農土木事業を起こすことが決定され、昭和7年後期に全国で国費・地方費あわせて1億4000万円の追加予算が計上され、神奈川県に対しては総額179万円の予算が配分されたのです。藤沢町に対する県の土木工事費の配分は5560 円と決定し、これに2383 円を県が貸し付け(町債)、あわせて7944 円で藤沢地区の道路改修と鵠沼・辻堂地区の土地改良工事が実施されることになったと藤沢市史は語っているのです。
さらに藤沢市文書館発行の「藤沢市事務報告書」のなかに中岡耕地整理組合の記録がありました。
           昭和7 年藤沢町事務報告書
本年ニ於テ横須賀耕地整理組合鵠沼中岡耕地整理組合設立ナリ失業救済ノー策トシテ引地川河川工事ヲ施工中ナリ
10 月13日石原森太郎農村振興土木事業事務員ヲ命ズ
12 月13日稲葉久次郎農村振興土木事業監督ヲ命ズ
           昭和8年藤沢町事務報告書
耕地整理ニ関シテハ横須賀耕地整理組合鵠沼中岡耕地整理組合アリ何レモ事業遂行ニ努力シツツアリ
           昭和9年藤沢町事務報告書(欠)
           昭和10年藤沢町事務報告書
12 月10日鵠沼中岡耕地整理組合事務引継モ了シ横須賀及鵠沼耕地事業モ既ニ完了シ何レモ相当ノ成績ヲ挙ゲツツアリ」
E-Mail:

鵠沼を語る会 副会長/鵠沼郷土資料展示室 運営委員 渡部 瞭

[参考サイト/文献]
 
BACK TOP NEXT